『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート3–

『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート3–

注)この記事は「第一段階:否認」の二つ目の否認の例です。一つ目の例である伝道の働きに関する否認はこちらをご覧ください。 教会員の罪に関する否認 清潔な人が「ゴミ屋敷」に魅力を感じないのと同じように、罪が蔓延するところに神の聖徒は魅力を感じません。愛という名のもとに教会の中に顕著に見られる罪の問題を放置するならば、教会は「聖」という最も大切な特徴を失い、世と変わらない姿に変貌していきます。...
『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート2–

『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート2–

第一段階:否認 死にゆく教会が辿る最初の過程は『否認』です。教会にある問題について目を向けることをせず、まだ症状が軽い状態の時に必要な治療をしないことを意味しています。ここには様々な否認の種類がありますが、その中でも頻繁に見られるいくつかの事柄をここでは例として挙げてみましょう。 伝道の働きに関する否認...
『死にゆく教会の辿る六つの過程』−パート1−

『死にゆく教会の辿る六つの過程』−パート1−

うれしくない話を喜んでする人はほとんどいません。つらく、苦しく、悲しい話を是非聞きたいという人も多くはないでしょう。ましてやそれが自分の大切なものの悲しい結末であるならば、耳を閉ざしたくなるのも当然のことでしょう。しかし、そのような結末を迎えないためにも、また残念ながらそのような結末を迎えた時の備えをするためにも、時に私たちは聞きたくないことに耳を傾けなければなりません。...
2017年通読用ガイド

2017年通読用ガイド

新しい年が始まるに当たって、多くのクリスチャンは「今年も(こそ)聖書を読むぞ」と考えます。しかし、一年間読み続けたとしても、何を読んだかさえあまり良く覚えていないような読み方をしても意味がありません。聖書は「読むために読む」のではなく、「理解して生きるために読む」ものだからです。つまり、何も考えずにただ字面を追うだけではだめなのです。...
平安に満ちた生涯を送るために24

平安に満ちた生涯を送るために24

クリスチャンはどのような状況の中にあっても「平安に満ちた生涯」を送ることができると聖書は教えています。この平安は何か神秘的なものではなく、キリストによって贖われたクリスチャンが、主の教えに沿って生きていくときに経験することのできるものです。つまり私たちはみことばの提示する明瞭な教えに自らの思いと行動を沿わせていくときに、いつでも、どんな状況の中でも「平安に満ちた生涯」を送ることができると聖書は約束するのです。...
平安に満ちた生涯を送るために23

平安に満ちた生涯を送るために23

ピリピの教会に宛てた手紙に登場する最後の命令は4章9節に出てくる「実行しなさい」です。ここで使われている動詞は「何をしているのか」ということに焦点を当てるもので、私たちが平安に満ちた生涯を送るために何をしなければならないのかを示してくれます。前回の投稿で見たように、9節に記されている四つの行動は大きく二つの事柄に区分することができます。一つは「聖書の基準に沿って生きなければばならない」ということで、もう一つは「敬虔な信仰者の模範に沿って生きなければならない」ということです。今回はこの二つ目の区分について考えていきましょう。...