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[宗教改革がもたらした証]修道誓願から結婚の誓いへ

5 日前
読了時間: 8分

「ブラザー」と「シスター」を夫婦にした宗教改革


ここでいう「ブラザー」「シスター」とは、修道士・修道女としての二人を象徴的に表現したものです。


今日、マルティン・ルターを「ブラザー・ルター」と呼ぶ人はいません。また、カタリナ・フォン・ボラを「シスター・カタリナ」と呼ぶ人もいません。


しかし、かつて二人は、本当に「ブラザー」と「シスター」でした。


ルターは修道士であり、カタリナは修道女でした。二人はそれぞれ異なる修道院で訓練を受け、貞潔の誓願を立て、生涯を神に献げる道を選びました。当時、そのような修道生活は、結婚生活よりも高い霊的な生き方であると考えられていました。カトリック教会は結婚そのものを神聖なものとして認めていましたが、性的禁欲や修道生活には、それ以上に高い価値が置かれていたのです。


ところが、宗教改革は教会制度だけでなく、この二人の人生そのものを変えていきます。


「ブラザー」は夫となり、「シスター」は妻となりました。


そして、かつて修道士たちが暮らしていた修道院は、やがて夫婦と子どもたちが暮らし、人々を迎え入れる家庭へと変わっていきました。


そこには、宗教改革とは何であったのかを考えるための興味深い物語があります。



「ブラザー・ルター」の改革


ルターは、単に外側からカトリック教会を批判していた人物ではありませんでした。彼自身が修道士として、その世界の中で生きていた人でした。


当時、修道士になることは、自らの救いをより確かなものにする道だと考えられていました。ルターもまた、そうした修道生活の世界に身を置きました。


しかし、聖書を研究し、教え、説教していく中で、ルターの考えは変わっていきます。


彼はやがて、独身の誓願をすべての修道者に課すべきではないと考えるようになり、修道院についても、閉鎖するか、その規模を縮小すべきだと主張するようになりました。また結婚についても、子どもをもうけること、性的な罪を避けること、互いに助け合うこと、そして伴侶を得ることという大切な目的があることも教えました。


その教えが広がるにつれて、実際に修道院を離れる人々が現れました。


ところが、ここに興味深い矛盾があります。


結婚について福音的理解を教えていたルター自身は、まだ結婚していなかったのです。


1524年11月30日、ルターはシュパラティンへの手紙の中で、こう書いています。


「今の私の気持ちとしては、私は決して妻をめとることはないでしょう。」


同じ1524年、ルターはついに修道生活を終え、修道服を脱ぎました。


しかし、ここで重要なのは、単に「修道服を脱いだ」ということではありません。


ルター自身、『ガラテヤ人への手紙注解』の中で、儀式を廃止することによって教皇制を一気に倒そうとする人々を批判しています。外面的な儀式を取り除くだけでは、本当の改革にはならない。むしろ、そのようなやり方は教会に害を与え、かえって教皇制を強めることさえある、と彼は考えていました。


つまり、修道服を脱げば宗教改革が完成するわけではありません。


修道院から出れば、それで人の考え方まで改革されるわけでもありません。


ルター自身にも、神のことばによって生き方そのものが変えられていく必要がありました。



「シスター・カタリナ」の改革


同じ頃、もう一人の修道者にも大きな変化が起こっていました。


カタリナ・フォン・ボラです。


カタリナは10歳でニムシェンの修道院に入り、16歳で修道女となりました。修道院に入った当初、彼女はそこに魅力を感じていました。この世の誘惑から隔てられ、この世の思い煩いから解放され、司祭たちから霊的な指導を受けることのできる場所だったからです。


ところが、やがて彼女の見方も変わっていきます。


ルターの改革と教えは、修道院の中にまで届きました。カタリナは、宗教的な修練そのものが必ずしも霊的な実を生み出すわけではないことに気づくようになります。


Armin Steinの伝記では、カタリナは、「ルターの言葉によって、修道院の扉は開け放たれた」と考える女性として描かれています。


やがて修道女たちは、修道院を脱出することを決意しました。


しかし、それは簡単なことではありませんでした。修道女を修道院から連れ出すことは、命にかかわるほど重大な問題でした。


そこでルターは、ニムシェンの修道院に樽を届けていた商人に協力を求めました。そして1523年、復活祭の前夜、修道女たちは屋根付きの荷馬車によって修道院から連れ出されました。


こうして「シスター」たちは、修道院の外へ出ました。


ルターはその後、彼女たちのために住む場所を探し、仕事を見つけ、結婚相手を探しました。


しかし、一人だけ将来がなかなか決まらない女性がいました。


カタリナです。


二人を一つにした改革


当時のカトリック教会では、結婚は七つの秘跡の一つでした。そのため結婚は教会の権威と教会法のもとに置かれていました。


ルターは、結婚をローマ・カトリック教会の意味での「秘跡」とする考えを退けました。


しかし、ここで誤解してはいけません。


ルターは結婚を世俗的なものにしようとしたのではありません。


むしろ、彼が求めていたのは、結婚を神のことばに基づいて理解することでした。創世記1章27–28節に基づき、ルターは結婚を、人間が後から作り出した制度ではなく、神が創造の時から定められたものとして理解しました。


言い換えるなら、ルターは結婚を秘跡から外しましたが、結婚から神を取り除いたのではありません。


むしろ、人間が作り上げた制度の中から結婚を取り戻し、創造における神の制度として理解し直そうとしたのです。


そして、その理解がやがてルター自身の人生にも及ぶことになります。



カタリナは「結婚させられた」のではない


ここで見落としてはいけないのが、カタリナ自身の意思です。


彼女は修道院から脱出した後、すぐにルターの妻になったわけではありません。


当初、カタリナはヒエロニムス・バウムゲルトナーとの結婚を望んでいました。しかし、その結婚は実現しませんでした。


その後、ルターはカスパー・グラッツ牧師との結婚を勧めます。しかしカタリナは、その話を断りました。


さらに彼女はアムスドルフに対して、もしそれが神の御心であるなら、マルティン・ルターかアムスドルフ自身のどちらかとなら結婚する意思がある、と語ったとも伝えられています。


興味深いのは、ルターの方です。


結婚について積極的に教えていたにもかかわらず、ルター自身には当初、強い結婚願望がありませんでした。


ところが、カタリナの言葉が一つのきっかけとなり、事態は急速に動き始めます。


「明日まで延期してはならない!」


ルターが結婚を決断した背景には、いくつもの理由がありました。


彼はカトリック側から激しい批判を受けることを覚悟していました。また、自らが殉教する可能性も考えていたため、自分の生き方を通して一つの証しを残したいとも考えていました。


しかし、その決断の根底には、聖書に啓示された神の御心に従って生きたいという願いがありました。それは、聖書に啓示されたキリストを通して神のもとへ行くことを強調した宗教改革の精神とも結びついていました。


ルターにとって、結婚は「地上における最も古い神の制度」でした。


人間が作った制度ではありません。


神が定められた制度です。


だからこそ、神から与えられた賜物であるならば、その機会を逃すべきではないとルターは考えました。


彼はこう宣言します。


「明日まで延期してはならない!」


そして1525年6月13日。


かつて「ブラザー」であったマルティン・ルターと、かつて「シスター」であったカタリナ・フォン・ボラは、夫婦となりました。



修道院が家庭になった


6月27日、二人の結婚は公に祝われました。


鐘が鳴り響く中、二人は教区教会へ入り、結婚の式が行われました。その後、婚宴はアウグスティヌス会修道院で開かれました。


そして後に、この修道院そのものが夫妻に与えられます。


ここには、宗教改革によって起こった変化が目に見える形で表れています。


かつてそこは、独身の修道士たちが生活する場所でした。


しかし今度は、そこに夫と妻が暮らしました。


やがて六人の子どもたちが生まれます。


カタリナは大きな家を切り盛りしました。そこには孤児が迎え入れられ、学生たちが宿泊し、病人のためにも用いられました。そしてルターは、家族や学生たちと同じ食卓を囲みました。


そこは、もはや名ばかりの「修道院」でした。


かつて天国へ行くための訓練の場と考えられていた場所は、今や人格を育てる学校となったのです。


「ブラザー」と「シスター」が夫と妻になるまで


ルターとカタリナの結婚は、単に「有名な宗教改革者が結婚した」というエピソードではありません。


それはまた、修道士が独身生活に耐えられなくなって結婚した、というだけの物語でもありません。


二人の人生には、宗教改革そのものが目に見える形で表れていました。


「ブラザー・ルター」は、夫ルターとなりました。


「シスター・カタリナ」は、妻カタリナとなりました。


そして、修道院は、家庭になりました。


外面的な制度や儀式を取り除くだけでは、宗教改革ではありません。


ルター自身が『ガラテヤ人への手紙注解』で警告したように、儀式を廃止しただけで本当の改革が起こるわけではありませんでした。神のことばによって、人の理解と生き方そのものが変えられていかなければならなかったのです。


ルターとカタリナは、かつて貞潔の誓願を立て、修道生活こそ神に仕えるより高い道だと考えていました。


しかしやがて二人は、結婚もまた、人間が作り出した二流の生き方ではなく、神が創造の初めから定められた制度であることを受け入れていきました。


だからこそ、二人の結婚は宗教改革の小さな「付録」ではありません。


教会の制度が変わっただけではなく、「ブラザー」と「シスター」の人生そのものが変わったことを示す、一つの目に見える証しだったのです。


修道誓願から、結婚の誓いへ。


そこにもまた、宗教改革がありました。


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