Part 1 カルヴァンを突き動かしたものとは何か
宗教改革者ジャン・カルヴァンとは、どのような人物だったのでしょうか。
多くの人は『キリスト教綱要』や予定説を思い浮かべるでしょう。
しかし、彼を本当に理解するためには、彼の情熱を知る必要があります。
その働きの中心には、何があったのか?
カルヴァンの証言
彼が30歳の頃、自らの人生の終わりに神の御前に立ち、申し開きをしている場面を想像して描写したことがあります。
「私が最も目指し、また最も熱心に労したことは、あなたの善と義の栄光が明らかに輝き出ること、そしてあなたのキリストの力と祝福とが余すところなく示されることでした。」
彼は54歳で世をさることになりました。
そして、彼は、死の一か月前にも、
「私は神の栄光のためになると信じたことを忠実に語ってきた」
と証言しました。これは、彼が30歳の時に告白してから24年後の証言でした。
生涯変わらなかったもの
彼の回心後から死まで、様々な所に置かれましたが(下記の経歴を確認)、彼の人生を貫いていたのは、一つの情熱でした。
彼の情熱は、決してブレることがなかったのです。
つまり、それが‥「神の栄光を現したい」という情熱だったのです。
私たちへの問い
私たちは、自分の働きや成果によって自らの価値を測ってしまうことがあります。
自分の名前が残ることを期待して奉仕してはいないでしょうか。
しかし、カルヴァンの人生の目的は、自分の名を残すことではありませんでした。
カルヴァンは、偉大な宗教改革者であったのにも関わらず、人生の目的は自分の名を残すことではなかったのです。
興味深いのは、彼は亡くなる前の証言で、彼が墓標を立てないように願ったのです。
それは、人々の注目が自分ではなくキリストに向けられることを望んだからでした。
彼は、自分を目立たせることに執着することなく、神の栄光だけを考えていたのです。
このシリーズで学ぶこと
私たちはどのようにして神の栄光が働きにおいて現されるのかを学ぶことができます。
あなたの中心には、カルヴァンのような情熱があるのか。あなたのミニストリーにおいて、カルヴァンのように神の栄光が突き動かしているのか。
ぜひ、考えてみてください。
続きのブログから、共に学んでいきましょう。
経歴
誕生:1509年7月10日、フランスのノワイヨンに生まれる。
教育:神学を学び、後の教義学の基礎を築いた。また法学を修め、その分析的思考は後のジュネーブ改革にも大きな影響を与えることになる。
回心(1533–1534年):神の恵みによる劇的な回心を経験する。
働きの始まり(1535–1536年):ジュネーブでの改革運動に加わり、『キリスト教綱要』初版を出版する。
試練(1536–1538年):市当局との摩擦や教会規律をめぐる対立の結果、ジュネーブから追放される。
ストラスブールでの備え(1538–1541年):マルティン・ブツァーと出会い、礼拝と牧会に関する神学をさらに磨く。また、イデレット・ド・ビュールと結婚する。
帰還(1541年):宗教改革の働きのためにジュネーブへ戻る。
結実(1564年):ジュネーブは「プロテスタントのローマ」と呼ばれるまでに発展する。



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