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第13章「終わりのない準備」
8月5日
読了時間: 2分
「準備が終わらない‥」
奉仕者なら、多くの人が共感する言葉ではないでしょうか。
説教、聖書研究、訪問、会議…。
御言葉を語る責任があるからこそ、頭の中はいつも次の準備でいっぱいになります。
それは、仕事外にも影響します。
家族と過ごす余暇の時間の定中で、説教の原稿を書いたり‥
必要な睡眠時間を削る日々を送ったり‥
著者も正直に告白します。
「私は少々、『準備』に取り憑かれているところがある」
しかし、問題は、準備そのものではありません。
問題は、準備に追われるあまり、神との交わりが後回しになることです。
どんな奉仕であっても尊い働きです。
しかし、その働きの達成感や成果が心を占めると、神を礼拝する喜びは少しずつ弱くなってしまいます。
働き人は、まず礼拝者である
さらに危険なのは、「個人的な信仰」と「牧会」を切り離してしまうことです。「家庭にいる自分」と「講壇に立つ自分」は別人ではありません。まずは、神に仕える礼拝者です。
だから、毎日のデボーションは単なる説教準備ではありません。神の前で自分が砕かれ、恵みによって生かされる時間です。
個人的な礼拝は、二重のアイデンティティからは決してきません。むしろ、焦点を常に定める必要があります。
あなたは、どちらに向かっていますか
しかし、著者は、以下のような兆候に警報を鳴らします。
*聖書‥
自分を照らす鏡ではなく、知識を得るための教材になる。
*礼拝‥
神との交わりではなく、果たすべき義務になる。
*信仰‥
神との生きた関係ではなく、宗教的なシステムになる。
*渇望‥
神を求めることよりも、知識を蓄えることが目的になる。
*罪‥
自分の罪ではなく、他者の罪ばかりが気になるようになる。
*知識‥
神を知るためではなく、自分を誇るためのものになる。
是非、確認して自己吟味してみましょう。


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