フスのようにいきる Part4 「焼かれたガチョウは今も語る」
火刑台での証し
1415年7月6日。火刑台に立つヤン・フスは、恐怖に支配されていたのでしょうか。もちろん、人間ですから恐れはあったはずです。しかし、その恐れは彼の信仰を奪うことはできませんでした。
処刑が始まる中、フスは祈り、賛美をささげたと伝えられています。
「キリスト、生ける神の子よ、私たちをあわれんでください。キリスト、生ける神の子よ、私をあわれんでください。」
彼は最後まで沈黙しませんでした。権力の前でも、死の前でも、自分が信じた主を告白し続けました。
ガチョウは焼かれた。しかし……
後世には、彼がこのような言葉を残したという言い伝えがあります。
「あなたたちは今日、ガチョウを焼く。しかし百年後には、あなたたちが焼くことのできない白鳥が現れる。」
この言葉が史実であるかは定かではありません。しかし、多くの人は、この「白鳥」を後に現れるマルティン・ルターの姿に重ねてきました。実際、フスの死によって終わったものは何一つありませんでした。
むしろ、彼が蒔いた種は、宗教改革という大きな実を結びます。
人は、一人の信仰者を火で焼くことはできます。しかし、神が植えた真理まで焼き尽くすことはできません。
日本にフスがいたなら
では、もしフスが現代の日本に遣わされたら、どうだったでしょうか。
彼を火刑にする人がいるでしょうか。
説教を禁じるでしょうか。
日本では、聖書を自由に読み、教会に集う自由が与えられています。その意味で、私たちは大きな恵みの中に置かれています。
それでも、福音は簡単には根を下ろしません。
遠藤周作が『沈黙』で「日本は沼だ」と表現したように、この国には独特の文化や価値観があります。その中で、キリストを主として証しすることは、決して容易ではありません。
しかし、フスならどうしたでしょう。
彼は、結果を気にするよりも、忠実であることを選んだはずです。
私たちへの問い
他人に評価されるかではなく、キリストに従うか。
受け入れられるかではなく、真理を語るか。
それが彼の生涯でした。
フスは英雄になろうとしたのではありません。
歴史に名を残そうとしたのでもありません。
彼はただ「キリストだけが教会のかしらである」という真理を曲げることができなかったのです。だからこそ、その歩みは六百年以上経った今も、多くの信仰者を励まし続けています。
かしらは誰か
私たちが生きる時代には、火刑はありません。
しかし、沈黙してしまう誘惑はあります。
空気を読んで福音を語らない。
人の評価を恐れて真理を曖昧にする。
そうした誘惑は、現代にも確かに存在します。
だからこそ、フスの生涯は私たちに問いかけます。
「あなたのかしらは、誰ですか。」
教会のかしらは、今も昔も、人間ではありません。権威でも、伝統でも、文化でもありません。ただ、イエス・キリストだけです。
ガチョウは焼かれました。
しかし、その信仰は焼かれませんでした。
その一羽が蒔いた種は、やがて白鳥を生み、多くの改革者を生み出し、今なお世界中の教会に実を結び続けています。
願わくは、私たちもまた、目立つ存在ではなくても、キリストに忠実な一粒の麦としていのち続く限り歩み続けたいものです。
たとえ沼のような時代にあっても、私たちの希望は環境ではなく、真のかしらであるイエス・キリストにあるのです。
参考文献
Schaff, Philip, and David Schley Schaff. History of the Christian Church, vol. 6.
New York: Charles Scribner’s Sons, 1910.
Schweinitz, E.de. “Hus, John.” In Cyclopædia of Biblical, Theological, and
Ecclesiastical Literature, New York: Harper & Brothers, 1891.



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