平安に満ちた生涯を送るために24

平安に満ちた生涯を送るために24

クリスチャンはどのような状況の中にあっても「平安に満ちた生涯」を送ることができると聖書は教えています。この平安は何か神秘的なものではなく、キリストによって贖われたクリスチャンが、主の教えに沿って生きていくときに経験することのできるものです。つまり私たちはみことばの提示する明瞭な教えに自らの思いと行動を沿わせていくときに、いつでも、どんな状況の中でも「平安に満ちた生涯」を送ることができると聖書は約束するのです。...
平安に満ちた生涯を送るために23

平安に満ちた生涯を送るために23

ピリピの教会に宛てた手紙に登場する最後の命令は4章9節に出てくる「実行しなさい」です。ここで使われている動詞は「何をしているのか」ということに焦点を当てるもので、私たちが平安に満ちた生涯を送るために何をしなければならないのかを示してくれます。前回の投稿で見たように、9節に記されている四つの行動は大きく二つの事柄に区分することができます。一つは「聖書の基準に沿って生きなければばならない」ということで、もう一つは「敬虔な信仰者の模範に沿って生きなければならない」ということです。今回はこの二つ目の区分について考えていきましょう。...
平安に満ちた生涯を送るために22

平安に満ちた生涯を送るために22

人は「これをした方が良い」と分かっていながらも、なかなか良い正しいことをすることがありません。様々な理由を付けてやらなければならないことをしないでいることを正当化しようとします。この傾向はエデンの園でアダムとエバが「取って食べてはならない」と言われた木から実を取って食べたその日から、私たち人間の社会の中に見られる悲しい現実です。そしてこの悲しい現実は、残念ながらクリスチャンの生涯にも見て取ることでもあります。クリスチャンは聖書が全く偽りのない真実なものであると言いますが、まるでみことばには力がないかのように日々過ごしています。「神が語...
平安に満ちた生涯を送るために21

平安に満ちた生涯を送るために21

ピリピ4:8でパウロは平安に満ちた生涯を送るために私たちが思いを留めていなければならない8つの事柄を記しています。前回私たちはこのリストの最初の二つを見ましたが、今回は残りの6つを考えていきましょう。これらは私たちが思いを寄せなければならない事柄の完全なリストではありませんが、私たちを不安になったり、落胆したり、ストレスを抱えたりするときに、目を向けなければならない事柄であるのは間違いありません。 すべての正しいことに目を向ける...
平安に満ちた生涯を送るために20

平安に満ちた生涯を送るために20

「私たちの思いを服従させ、キリストが考えるように考えなさい」とパウロは告げます(2コリント10:5)。揺れ動く感情によって物事を判断するのではなく、聖書の真理に基づいてすべての事を評価するときに、どんな時でも平安をもって生きることができることを確信することができます。このことを告げたパウロは、次に具体的に私たちが考えるべき事、思いを寄せるべき事が何かを示してくれます。 正しい焦点を持つことが平安に満ちた生涯をもたらす...