一致 [ピリピ2章考察] (5)

ピリピ2:4には、一致を保つためにしてはならないことがもう一つ記されています。それは自分の事柄だけに関心を持つことです。ここでは、「目を向ける」、「注目する」という動詞が使われていて、関心が向けられている様子を表しています。ここで私たちが注意しておかなければならないことは、自分の事柄に関心を向けることをパウロは禁じていないということです。パウロは自分の興味をすべて捨てなさいと命じてはいません。自分のことに関心を持つのをやめなさいとも言ってはいないのです。...

一致 [ピリピ2章考察] (4)

一致をもたらすためには、単に自己中心と虚栄を避けるだけでは十分ではありません。このようなことが起こらないように、私たちは一致を妨げる原因を取り除き、一致をもたらす態度を身につけなければなりません。私たちの内にある毒を取り除き、健全にキリストのからだを建て上げていくことができるようになる必要があります。ピリピ2:3の後半でパウロは自己中心とうぬぼれという二つの一致を乱す毒素に対して解毒剤を調合します。それは「謙遜」です。ここでパウロは一致をするために私たちがどのように考えるべきなのかを教えているのです。...

一致 [ピリピ2章考察] (3)

私たちから一致を奪うものは「自己中心」だけではありません。パウロは一致を保つために「うぬぼれてはいけない」と命じるのです。「虚栄」と訳されている名詞は、新約聖書の中でもここにしか使われない単語で、二つの言葉の合成語です。形容詞の「ケノス」(空の、中身のない、無意味の)という単語が、名詞の「ドクサ」(栄光)という言葉に加えられてできているこの言葉は、「虚栄」と訳される通り、実質の伴わない、うわべだけの栄誉を表しています。根拠なく自分自身を過大評価し、慢心している姿を指摘しているのです。...

一致 [ピリピ2章考察] (2)

互いの間で良い関係を持ち、特に一致を生み出すために避けなければならないこととして、パウロが最初に教えることは、「自己中心に基づいて何もしない」ということです(ピリピ2:3)。すでにパウロが教えた事柄を考慮すれば、自己中心があるところに一致が生まれないことは明らかですが、ここで私たちが関心を向けるべきことは、この「自己中心」と訳されている言葉の意味です。...

一致 [ピリピ2章考察] (1)

ピリピの教会が抱えていた問題の一つは、個人的な不一致から起こる分裂でした(4:2)。そこでパウロはこの手紙の中で、一致についての教えを具体的になしています。その中でも中心的な部分がこの2章の冒頭部分です。パウロはここでクリスチャンが持つべき一致について話をしていきます。そしてこの教えは、一般的な人間関係においても適用することができるいくつかの非常に重要な原則を私たちに教えています。...