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クリスチャンと礼拝(2)—礼拝という生活—

「礼拝が、一つの場所や時、生活の部分に限られていたり、それだけに属していることはありません。利己的、肉的な生活をしながら、感謝を口にしたり、ほめたたえたりすることはでき得ません。礼拝でそんな努力をすることは邪道です。礼拝の真の行為は、礼拝生活からあふれでたものでなければならないのです。」と書き記すことによって、ジョン・マッカーサー師は日曜ごとに捧げる公同の礼拝と私たちの毎日の生活が切り放すことができないということを明言しています[1]。このことをA. P. ギブスは、その著書のなかで、次のように述べています。...

クリスチャンと礼拝ー序文

クリスチャンの生きる目的は神を礼拝することです。神は私たちを救うことによって私たちが真の礼拝者となることができるように変えてくださいました。それ故にクリスチャンにとって「礼拝する」ということはどういうことなのかを正しく理解することは必要不可欠なことです。礼拝とは何なのか、またクリスチャンとしていつ、どこで、どのように礼拝を捧げるべきなのかを私たちは聖書に沿って理解し、主に喜ばれる礼拝を捧げるように日々成長していく必要があるのです。...

子どもと救い(3)

「子どもに救われて欲しい。」という願いは素晴らしい願いです。人の救いを待ち望み、そのために全力を尽くして生きることは私たちクリスチャンに課せられた使命でもあります。特に幼い子どもたちに対して、彼らの心がこの世の影響を強く受ける前に、みことばから神について、また救いについて教えることは大切なことです。...

子どもと救い(2)

子どもは未熟さを持っています。そしてこの未熟さのゆえに、子どもを教えようとする人々は何とか理解力が十分でない子どもたちに分かるように福音のメッセージを伝えようとします。子どもに理解してもらうために、福音を分かり易く説明することは必要なことです(聖書の真理は子どもたちにも理解することができるものであることを聖書ははっきりと教えています [箴言6:6-7; エペソ6:4; 2テモテ...

教えること・学ぶこと

大宣教命令は「弟子を作る」という命令であり、そこには伝道と教化という二つの大きな使命が含まれています。未信者に福音を伝えることも、信者に神に喜ばれる歩みを教えることもクリスチャンがしなければならない大切な働きなのです。主が求めることが何であるのかを正しく理解するために、私たちは救われた者として主の教えを学ぶ必要があります。そして、イエスは学んだ私たちが他の人々を教えることを求めているのです。では私たちはどのようにその命令を実践するべきなのでしょう。具体的に二つの方法を挙げることができます。 言葉によって教える...

目に見える信仰の姿 (4)

真の信仰は行いと共に働く信仰であることをアブラハムの例を通して告げたヤコブは、旧約聖書に登場するもう一人の人物の信仰から、真の信仰は口先だけのものではなく、具体的な行動によってしっかりと示されるものであることを教えます。ヤコブが伝えようとすることを正しく理解するために、詳しく2:24–26の言葉を考えてみましょう。...