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『死にゆく教会が辿る六つの過程』–パート6–

第三段階: 怒り 痛み止めをどれだけ飲んだとしても痛みの原因となる疾患を治療しなければ体調が改善しないのと同じように、間違った方法で問題の解決に務めたとしても、そこには本当の意味での解決を見ることはできません。みことばが提示する本来あるべき教会の姿から離れてしまった教会が、悪い流れを変えようと安易な手段に手を伸ばすとき、そこにはさらなる混乱が待っています。うまくいかないことへの苛立ちは、教会が衰退していくことへの落胆と不安から、怒りへと人々の感情を動かしていくのです。...

『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート4–

注)この記事は「第一段階:否認」の三つ目の否認の例です。一つ目の例である伝道の働きに関する否認はこちらを二つ目の例である教会員の罪に関する否認はこちらをご覧ください。 牧師の資質に関する否認 死にゆく教会が持つ否認という特徴は、牧師の資質に関する否認という形で現れることがあります。こうした教会は医師免許を持っていない院長のいる病院に例えることができます。医師の資格を持っていないことが分からないうちは、一定の知識と人望があれば人が集まってくるでしょう。しかし、ひとたび無免許であることが発覚すれば、そこにやって来る人はいなくなります。...

『死にゆく教会の辿る六つの過程』–パート3–

注)この記事は「第一段階:否認」の二つ目の否認の例です。一つ目の例である伝道の働きに関する否認はこちらをご覧ください。 教会員の罪に関する否認 清潔な人が「ゴミ屋敷」に魅力を感じないのと同じように、罪が蔓延するところに神の聖徒は魅力を感じません。愛という名のもとに教会の中に顕著に見られる罪の問題を放置するならば、教会は「聖」という最も大切な特徴を失い、世と変わらない姿に変貌していきます。...

『死にゆく教会の辿る六つの過程』−パート1−

うれしくない話を喜んでする人はほとんどいません。つらく、苦しく、悲しい話を是非聞きたいという人も多くはないでしょう。ましてやそれが自分の大切なものの悲しい結末であるならば、耳を閉ざしたくなるのも当然のことでしょう。しかし、そのような結末を迎えないためにも、また残念ながらそのような結末を迎えた時の備えをするためにも、時に私たちは聞きたくないことに耳を傾けなければなりません。...

2017年通読用ガイド

新しい年が始まるに当たって、多くのクリスチャンは「今年も(こそ)聖書を読むぞ」と考えます。しかし、一年間読み続けたとしても、何を読んだかさえあまり良く覚えていないような読み方をしても意味がありません。聖書は「読むために読む」のではなく、「理解して生きるために読む」ものだからです。つまり、何も考えずにただ字面を追うだけではだめなのです。...