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みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。忍耐の限りを尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。

II テモテ 4:2

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平安に満ちた生涯を送るために14
平安に満ちた生涯を送るために14

平安に満ちた生涯を送るための約束 私たちが平安に満ちた生涯を送るために必要なことをこれまでの投稿で考えてきましたが、パウロはピリピ4:7でこのような平安が与えられることを約束しています。聖書的喜び、忍耐の心、そして正しい応答が私たちの生涯に見られるとき、そこには次のような約束が与えられているのです。 ...

平安に満ちた生涯を送るために13
平安に満ちた生涯を送るために13

心配をする代わりに、「感謝をもって捧げる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」とパウロは告げました。私たちはすでに3回の投稿を通して、ピリピ4:6でパウロが語っている大切な真理を学んできました。パウロはここで、平安に満ちた生涯を送るために、私たちが正しい応答をすることが必要であるとを教えていました。地上での様々な出来事に焦点を置くときに、私たちは思い煩うという間違った応答をします。しかし、パウロはそのような思い煩いをするのではなく、祈りを通して正しい応答をすることを教えていました。神の良さに信頼し、あらゆる...

平安に満ちた生涯を送るために12
平安に満ちた生涯を送るために12

人生に起こる様々な出来事の中で、私たちが主の前に正しい応答をするならば、そこには神が与えてくださる平安があることを聖書は教えています。この世の事柄にだけ目を向け、眼前にある問題に捕らえられ、思い煩うことは、「間違った応答である」とパウロは告げます。パウロはこうした間違った応答をするのではなく、「あなたがたの願い事を主に知っていただきなさい」と勧めます。すべてのことを支配しておられる絶対的な主権者である神との個人的な関係を持っているので、クリスチャンはこの方の御前に大胆に出て行くことができます。そして主は、私たちにとって最善なことをなさ...

平安に満ちた生涯を送るために10
平安に満ちた生涯を送るために10

「思い煩ってはいけません」という命令は、「ありとあらゆる心配をしてはならない」という命令ではないことを私たちは前回の投稿で学びました。パウロがピリピ4:6で禁じる思い煩いとはありとあらゆる心配や気遣いから完全に解放されることでも、人生の様々なプレッシャーから完全に解放されることでもありません。では、パウロが禁じている「思い煩い」とはいったいどのようなものなのでしょう。それを正しく知らなければ、私たちは正しくこのこの命令を全うし、不安ではなく平安に満ちた生涯を送ることはできません。ですから、今回はこの私たちが禁じられている思い煩い・心配...

平安に満ちた生涯を送るために9
平安に満ちた生涯を送るために9

主イエス・キリストを信じるすべてのクリスチャンにとって、平安に満ちた生涯を送ることは「あこがれ」や「理想」ではなく、主ご自身が約束された現実です。混乱の中にあった11人の弟子たちに聖霊をお与えになることを約束された主は「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたに平安を与えます」(ヨハネ14:17)と告げられました。この約束は確かに11人の弟子たちに対して語られたものですが、同じように主から聖霊を与えられている私たちもこの平安を得ることができることを聖書は教えています。パウロはコロサイの教会に宛てた手紙の中で、「キリス...

平安に満ちた生涯を送るために8
平安に満ちた生涯を送るために8

「平安に満ちた生涯を送るために」と題してピリピの手紙4章4節から9節までのみことばを考えていますが、これまで私たちは平安に満ちた生涯を送るための条件を4節と5節から見てきました。平安は誰にでも自動的に備えられるものでなく、特定の条件を満たしている人物のみが得ることのできることをパウロは二つの具体的な命令を通して明らかにしています。一つ目は聖書的喜びが平安な生涯をもたらすということでした。そこで私たちは聖書的な喜びとは何か、聖書的な喜びとはどこから来るのか、そして聖書的な喜びをどうしたら得られるのかをみことばを通して考えました。「何が起...

平安に満ちた生涯を送るために7
平安に満ちた生涯を送るために7

「寛容である」とは「他者が与える虐待や困難を忍耐を持って耐え忍ぶ」ことです。そして私たちはこの寛容もってすべての人に接することが要求されています。なぜなら私たちは彼らを愛するように命じられているからです。しかし、この命令を実践することは容易なことではありません。愛をもって耐え忍ぶことは時にとても困難なことです。この「私にはできません」と思うようなことをいったいどうやったら私たちは行っていくことができるのでしょう。私たちの生まれ持った性質とは異なる習慣を、どうしたら身に着けていくことができるのでしょう。パウロはここで非常に興味深い言葉を...

平安に満ちた生涯を送るために6
平安に満ちた生涯を送るために6

聖書的喜びに加えて、耐え忍ぶ心を持つことが、平安に満ちた生涯を送るために必要であることをパウロはピリピ4:4–5で教えています。「すべてが万全である」という聖書的な確信に基づいた喜びが平安に溢れた人生に必要であることは、理解しがたいことではありませんが、「寛容な心を知らせる」ということが平安の生涯とどのような関係があるのかは、すぐに分からないかもしれません。ここで使われている「寛容」と訳されている単語の持つ意味を要約すると「他者が与える虐待や困難を忍耐を持って耐え忍ぶ」となりますが、この「寛容」と平安にはどのような関係があるのでしょう...

平安に満ちた生涯を送るために5
平安に満ちた生涯を送るために5

パウロは様々な書簡の冒頭または最後によく「神の平安があなたがたとともにあるように」といった言葉を記しています。これは単なる願望ではなく、パウロ自身が持っていた確信でした。なぜならクリスチャンが神の平安を実際に手にして、この地上での生活を歩んで行くことができることを彼は知っていたからです。イエスは弟子たちに次のように約束されました。...

平安に満ちた生涯を送るために4
平安に満ちた生涯を送るために4

聖書的喜びは私たちの周りの環境や置かれている状況、ましてや私たちの持っている感情に依存するものではありません。この喜びはすべてのことを支配している神が私たちのために最善をなしてくださっているという絶対的な確信に基づく、神に依存する喜びです。それゆえに常に主の最善がなされることが確約されているクリスチャンは、パウロが告げる「いつも主にあって喜びなさい」という命令に従うことができるのです。この喜びは、父なる神から与えられる喜びで、御子なる神が約束し、聖霊なる神によって備えられるものなので、救われている者は誰でも、いつでも、どんな状況の中で...

平安に満ちた生涯を送るために3
平安に満ちた生涯を送るために3

平安に満ちた生涯を送るためにはその条件として喜びを持っていなければならないことをパウロは教えます。この喜びは周りの状況や私たちの感情に基づいて生み出される喜びではありませんでした。神との和解を得ているゆえに、神によって愛され、祝されているというその事実があるがゆえに、私たちが確信をもって「私は喜びます」と宣言することができる聖書的な喜びでした。神が私たちのために常に最善をしてくださっているということを確信しているがゆえに、どのような状況の中にあっても「私は主にあって万全である」と大胆に宣言することができる喜びなのです。では私たちはこの...