神の御言葉が真摯に宣べ伝えられ、そしてそれが聴聞されるところ、また、聖礼典がキリストの制定によって執行されるとわれわれが見るところならば、いずこであろうと、神の教会が存在することは、いかにしても疑えないのである。(カルヴァン、キリスト教綱要Ⅳ.1.9)

偉大な宗教改革者カルヴァンは、真の教会とは神の言葉が真摯に語られ、聞かれるところであると告げました。これは宗教改革後の改革神学における「真の教会のしるし」の一つとして今日でも言われていることであり⁠1、プロテスタント教会の最大の特徴であると言っても過言ではありません。そして、いくつか具体的に挙げることができる健康な教会のしるしの中でも、最も重要なしるしが「みことばの説き明かし」です。この第一のしるしを持っていなければ、教会は決して健康な教会にはなり得ません。たとえ他のどのしるしを持っていたとしても、それは単なる偶然に過ぎないのです。なぜなら聖書の真理を知り、理解したことを実践することがなければ、教会の本来あるべき姿を知るすべも、そのような姿に変わることもできないからです。

本来ならば「教会」と名のつくすべての場所で「みことばの説き明かし」が行われているはずなのですが、残念ながら本当の意味で「みことばの説き明かし」が講壇からなされている教会は多くありません。これは日本の教会だけに起こっていることではなく、世界的な傾向でもあります。近年のキリスト教会は聖書をそのまま伝えることを意図的に避け、万人に受け入れられる反感を持たれないメッセージを語ろうと努めるようになりました。ポストモダンの影響下にあって、絶対的真理の存在を否定し、客観的で権威的な教えを拒む人々に向けて語るべきメッセージは、「聖書が何を言っているのか」から「あなたはどのように感じたのか」へと、また「何が真理なのか」から「何が私を幸せにするか」「何が私を満足させるのか」へと変わっていったのです。その結果、罪を責め、過ちを戒め、悔い改めを促すような否定的な内容が取り除かれ、まるで誰もがどのような状態であっても神によって愛され受け入れられているかのような肯定的なメッセージだけが講壇から語られるようなりました。

また多くの説教者たちは「聖書が神の言葉である」と口では言っていても、本当に絶対的な権威と人を変える力が聖書にあることを信頼せず、自分が語るメッセージを通して「聖書だけでは不十分である」と人々に伝えています。聖書の教えが「現代の常識」と違うことを恥ずかしく思い、できるだけそのような教えを取り扱わないようにしようとすることがあります。いや、単に語ろうとしない箇所が多々あるだけでなく、語っている箇所であっても聖書を否定するメッセージを伝えていることがあります。特定の聖句を踏み台として、聖書の著者の意図を無視して自分の言いたいことを語るならば、それは「みことばの説き明かし」ではなく、「聖書を利用した自分の意見の発表」でしかありません。そのようなメッセージが語られるとき、説教者は「通り良き管」として神の言葉を取り次ぐのではなく、神の言葉が響き渡るのを妨げて、自らの言葉を神からの言葉であるかのように人々に告げ知らせているのです。

「みことばの説き明かし」とは決して複雑なことではなく、むしろ非常にシンプルなことです。「聖書を読み、そこに記されていることを解説・説明する」ことであり、著者の「意図したこと」が何かを説明し、「意図すること」が何かを伝えることです。しかし現代の説教学者の中には「聖書の解説よりも、聖書によってもたらされた経験を語りなさい」と教える人がいます。「聖書が何を教えているのか」を知ることよりも「聖書を通して何を教わったのか」を知る方が大切だとするこのような考え方は、一見正しい考え方のように見えるかもしれませんが、「みことばを宣べ伝えなさい」という聖書の命令とは異質のものであることを私たちは覚えなければなりません。聖書の教えを通して得る人の経験は、真理の例証や適用例の一つになるかもしれませんが、それ以上のものではありません。私たちが特定の箇所についてどう感じどう思ったのかということは、私たちを変える霊感を受けた真理ではありません。霊感を受けているのは書かれている聖書であり、私たちを変えるのは神の真理、つまりみことばだけなのです(ヨハネ17:17)。

健康な教会であるためには正しいみことばの説き明かしがなされている事が不可欠です。聖書が神について、人について、罪について、救いについて、そして教会について何を言っているのかを正しく理解することがなければ、私たちは神を知ることも、神を礼拝することも、救いを得ることも、主に似た者に変わることも、ましてや主に喜ばれる教会を形成することもできません。それゆえに教会が健康であるためには、「みことばの説き明かし」が正しくなされている必要があるのです。

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1 改革神学では真の教会のしるしとして次の三つをあげます。1) みことばの説き明かし、2) 教会戒規、3) 聖典の施行