神は子どもを育てるという責任の中に、ほかでは見いだすことの出来ない喜びを埋め込んでくださっています。その喜びは私たちが神の原則に基づき、子どもを育てていくときにのみ得ることの出来るものです。では、このように神の言葉に従順に従っていったとき、私たちは子育てに成功するのでしょうか。次の原則を考えてみてください。
原則3 :: 子育ての成功は、親の行為によって計られるのであって、子どもがどうあるかではない

もし子育ての成功が、子どもがどのような者になるかによってのみ計られるとするならば、みことばの中に親が間違いなく子育てに成功することを保証する箇所を見いだすことは出来ないでしょう。時に、良いクリスチャンホームで育てられた子どもが、信仰を捨てることがあります。また逆に、ひどい家庭で育てられた子どもが神の恵みにより救い出されることもあるのです。つまり子どもがどう育つかということは、子育ての成功の秤では必ずしもないのです。

しかし、クリスチャンの親としての成功を計る秤があります。それは、親自身の持つ特徴です。つまり親が、神が命じることに忠実に従っていったかどうかということによって、親として成功を収めたかどうかが計られるのです。親がどのように子どもを教え、 どのように子どもを訓戒するのか、また親自身がどのように主の前に生きていくかが子育てをする上で親が最も考えなければいけない点です。親に与えられている責任は、子どもを救うことではありません。それは神の働きであり、子ども自身と神との間にある問題です。 しかし、神は親に子どもを育てる責任を与えることによって、子どもが信仰を持ち、主の前に従順に歩んでいくことが良いことであることを学ぶ環境を整えるのをよしとされているのです。親が神の与えてくださった恵みを覚え、それを子どもに伝えていくことによって子どもは主を知り、主に感謝して生きることを学びます(申命記 4:9; 6:7, 20-25; 11:19)。詩篇の著者はこのように語ります。

「主はヤコブのうちにさとしを置き、みおしえをイスラエルのうちに定め、私たちの先祖たちに命じて、これをその子らに教えるようにされた。後の世代の者、生まれてくる子らが、これを知り、彼らが興り、これをその子らにまた語り告げるため、 彼らが神に信頼し、神のみわざを忘れず、その仰せを守るためである。また先祖たちのように、彼らが、かたくなで、逆らう世代の者、心定まらず、たましいが神に忠実でない世代の者とならないためである。」(詩篇 78:5-8)

箴言 22:6 には、「若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、 それから離れない」とあります。子どもたちに対して親の持つ責任は大きいのです。子育てに成功したいと願う親は、まず自らの生活を吟味しなければなりません。忠実に主のみことばを実践しようとしているのか、主に信頼し主のすばらしさを子どもたちに言葉と行いを通して伝えているのかを吟味しなければいけないのです。

救いは神の働きであるがゆえに、私たちがどのような行為もそれが子どもの救いを保証することはありません。しかし、私たちがどのように子どもを育てるのかということは、子どもが主を信じるまでの道のりを平坦にし、神の恵みを受け入れる準備の整った心を作り上げることをするのです。神は親が主の恵みを大胆に証することによって子どもを自らのもとへ導くことをよしとされています。つまり、親は子どもに対して大きな責任を持ち、多大な影響力を持っているのです。