神が自存する方であり、被造物はすべてこの神に依存するということを私たちはどのように知ることができるのでしょう。神はこのことを具体的に二つの方法で私たちに示してくれています。

ー被造物を通してー
神は世界を創造された時、その素晴らしい知恵と力ゆえに、造られたものすべてが神を明示すように造られました。被造物は、神がどのような方であるのかをすべての人に明らかにしているのです。次のみことばはこの事実を私たちに明確に示します。

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。」(詩篇19:1-2

被造物は神のすばらしさを、その御業の大きさを人々に語り継げ、人に対してこの神を知るように求めるのです。パウロはこのことについてこう語ります。

「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」 (ローマ1:20)

罪を持つ人間はこの事実を否定します。またクリスチャンもこの事実に関して誤解していることが多くあります。しかし聖書ははっきりと私たちに教えるのです。すべての人は被造物を通して、神がどのような方であるのかを明確に示されていると。しかし、人間は神に関する知識を被造物からはっきりと得ているにもかかわらず、その知識を自ら抑制し否定しているのです。それゆえに、人の考えは愚かなものなのです(詩篇14:1; 53:1; ローマ1:22)。また、人は神を認めないがゆえに起こる矛盾の中で生きているにもかかわらずそれを悟ろうともしないのです(ローマ3:11)。すべての被造物は神なくして存在することができません。このことを被造物は告げずにはいられないのです。

ーみことばを通してー
神は時々に応じて、被造物を通しての啓示に加え、ご自身が語られることによって自らを人々に伝えることをよしとされてきました。エデンの園では、善と悪の木の実についてアダムに直接声をかけられました。旧約の族長たちには、夢や幻などを通してご自身を示されました。モーセには燃える柴で、シナイ山で、会見の幕屋で語られました。旧約の預言者たちにも、新約の使徒たちにも神は直接的に啓示を与えてご自身のみこころをお示しになられました。何よりも神は御子イエス・キリストによって語られたのです(ヘブル1:2)。こうして直接語られた啓示を私たちは霊感によって書かれた言葉を通して今確かに知ることができます。

神は罪を犯す前の人に対しては、直接啓示によって人の従順を試されました。人が罪を犯してからは、神を知ろうとしなくなった人間に対して、キリストを通してのみ与えられる救いと、神とそのみこころを知ることによってよりよい生涯を送るために必要な知恵を与えるために、私たちに啓示を与えてくださったのです。

罪は私たちを神の裁きのもとに置き、私たちが正しく神のことを理解することがないように私たちの目をくらませました。しかし神はみことばを通して私たちが自分自身について、この世について、そして神について、真の知識と理解を持つことができるように働きかけてくださっているのです。神のみことばは私たちが真の知識を得ることができるように私たちを導いているのです。

神が自存する方であり、被造物は神に依存するものであることを、神は一般啓示(被造物)と特別啓示(みことば)を通して明確に私たちに示してくださっているのです。そしてこのことを理解するならば、私たちは自分たちに関する非常に重要な真理に気づくことができるのです。