「みことばを宣べ伝えなさい」という命令を実践するためには、聖書をしっかりと学び、聖書が教えていることを文脈に沿って正しく理解し、その意味を明確に伝えることが必要です。これは聖句を利用して自分の考えを伝えることでも、単に使われている単語を説明することでもありません。著者が伝えようとしている意図から外れたことを語るならば、それはみことばを宣べ伝えることではなく、自分の意見を語っているだけなのです。

しかし、説教者の役割は、単に著者の意図を伝えることだけではありません。パウロは「みことばを宣べ伝えなさい」と命じるだけでなく、教えながら「責め、戒め、勧める」ことを求めています。これをするためには、単に著者の語っていることを説明するだけでは十分ではありません。単に使われている単語や文法の解説をするだけではだめなのです。聴衆がみことばの真理に基づいて「責め、戒め、勧め」られることが求められているのです。

聖書の語っている真理を著者の意図に沿って正しく語り、その真理に沿ってどのように私たちが生きて行くのかを伝えなければ、それは神に喜ばれるメッセージではありません。当学院の願いは、日本のすべての教会の講壇から、パウロがテモテに求めたようにみことばが語られることです。人は聖霊の働きによって、聖書の真理を通してのみ、主に喜ばれる者に変わることができます。だからこそ、この聖書を正しく解き明かす者たちが教会には必要なのです。