ピリピ2:4には、一致を保つためにしてはならないことがもう一つ記されています。それは自分の事柄だけに関心を持つことです。ここでは、「目を向ける」、「注目する」という動詞が使われていて、関心が向けられている様子を表しています。ここで私たちが注意しておかなければならないことは、自分の事柄に関心を向けることをパウロは禁じていないということです。パウロは自分の興味をすべて捨てなさいと命じてはいません。自分のことに関心を持つのをやめなさいとも言ってはいないのです。
パウロが禁じていることは、自分のことだけに関心を持つことです。自分を愛することが重要で、よい自己像を持ち、自尊心に満ちることが美徳であると教える現代社会にあって、「自分のことだけに関心を持つな」というパウロの言葉は、少数派の言葉となってきています。自分をいかに喜ばせ、自分をどれだけ満足させるかに焦点が当たっている世にあって、ほかの人を顧みることは非常に困難になっているのです。

小さな子どもたちから年寄りに至るまで、自分の利得を考えて生活をしています。人々は、いかに自分が有利になるかを願い、自分が不当な扱いを受けるとそれに対して憤慨し、良い扱いを受けると当然だと考えています。競争心がかき立てられ、相手を蹴落とすことが美徳であるかのように報じられます。そんな中で、クリスチャンは自分のことだけに関心を持っていてはいけないとパウロは命じるのです。

人を愛することでさえ、利己的な思いでなすことができる私たちにとって、自分のことだけに関心を持たないことは簡単なことではありません。しかし兄弟姉妹の徳を高めることを求められているクリスチャンは、自分の利益のために行動するのではなく、相手の最善を求めて行動するのです。これは決して簡単なことではないでしょう。それでも私たちはこのことを実践しようと決意し、努めていかなければならないのです。